1.アメリカへの道のり
野口英世のアメリカでの活躍ぶりについて書いているうちに、筆者は「英世が過ごした場所を訪れてみたい」と、強く感じるようになった。
2009年5月中旬、次の連載テーマであるジョン・D・ロックフェラーの取材も兼ねて、アメリカ東海岸を旅した。
成田国際空港からニューヨークまでは、直行便で12時間のフライトである。帰りは、偏西風が向かい風となるため、14時間かかる。野口英世が1900年12月5日に横浜を出港し、ハワイを経由してアメリカ西海岸のサンフランシスコに到着するまで、船で17日間かかった。サンフランシスコから、アメリカ大陸を横断して東海岸のワシントンに到着するまで、さらに4日間かかっている。つまり、横浜からアメリカ東海岸まで、合計21日間が必要であった。12時間というフライトは国際線でも最も長い部類に入るが、それでもこの約100年で、必要とされる時間はおよそ40分の1になったということになる。
また、今回の飛行機代は往復約10万円(つまり片道5万円)。それに対して、英世は船賃に51円。鉄道に150ドル強(約300円)。片道約350円かけている。
1900年の350円とは、現在の貨幣価値に換算すると、いくらになるのか?
こうした超長期の物価指数はないが、1879年から1982年までの日銀の消費者物価指数と、1970年から2000年までの総務省の消費者物価指数を乱暴につなぎあわせると、2000年の物価は1900年の3,700倍。1900年の350円は、2000年の1,300万円に相当する。
2000年以降の物価変動はほとんどないので、日本からアメリカ東海岸までの旅費は、1300万円相当から5万円へと260分の1になったということになる。さらに、この間に物価変動調整後の賃金レベルも大幅に上昇しているから、実質的な負担感としては、これよりもずっと少なくなっているはずである。
時間の面でも、経済的にも、日米間の実質的な距離は、驚異的に縮まったということが、こうした比較をするとより鮮明にわかる。

エッセイスト 齋藤英雄

野口英世の遺功を米国に訪ねる(2)に続く

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