ハイムの広場で、駄々をこねてお母さんやおばあちゃんを困らせて、地べたに転がって動こうとしない2~3才の子どもを見かけます。お母さんは無理矢理起こそうとしますが、子どもは泣きわめきながら、さらに動こうとしません。子どもはどんなに小さくても、自分の意志が通じないと、このように動こうとしなくなります。お母さんは子どもの機嫌をとって、立たせようとしますが、子どもは力いっぱい動こうとしません。

なぜでしょうか?

子どもが訴えているものは、お母さんには理解できない世界。そんな世界に子どもたちはいるのです。地べたに寝転んだ子どもは何か不満を訴えているようですが、なだめるには、お母さんも地べたに座り込んで、空を見上げて、ほら、飛行機が飛んでいないかな?と語りかけてみてください。駄々をこねた子どもは、お母さんの言葉で空を見て、飛行機を探します。実は飛行機は飛んでいませんが、子どもは真剣に探し始めて、立ち上がります。

ママ、バアバ、飛行機はどこ? と聞いてきます。
その時です。
ボーヤ、飛行機見たいの?
今度、見に行こうか?
ウン!

ボーヤはママの手を取って話しかけながら、歩いていくでしょう。駄々をこねるきっかけは、子どもにとって何か気に障ることがあったのですが、その感受性は成長の第一歩だと考えてみてください。本当なら、ボーヤと一緒にママもバアバも地べたに横になり、空を見上げて、トンボが飛んでいないかな?と語りかけてあげると、ボーヤの不満は冒険の心に発展して、ママへの訴えは、未来に向かって成長していくきっかけになります。
と、私は思うのですが。

あくまでも、私は子どもの味方ですので。

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