惜別 移ろいゆくは人の世なれど・・・X氏のつぶやき137

春の川は花びらのせて
5月の川へと流れてゆく
今日たたずむはわれ一人

一膳のめしにも花咲かせと
辛苦の日々を共にしたその人は
セミの声も届かん夏となる

今日流るる川の水は変わらねど
そこに映るわが身は
涙枯れ果てた石ころぞ

妻を送り出して早や1年になろうとしている。妻の使っていたエプロンは台所につり下がったまま。玄関の妻のサンダルも大事にそろえてある。姿は見えぬ人となったが、まだ私の中にいてくれる日々が続いている。

今年の春 新学期の朝。ピカピカの中学1年生がエレベーターの中で一緒になった。
「おはようございます」と少年の顔が笑顔で挨拶をしてくれた。
「ああ、君! ああ、中学生になったのか?」
「今日から」
とニコニコ顔で応えてくれた。彼は小学校に入った時から私に挨拶をしてくれる。もちろん私も挨拶をする。もう6年も続いていたが名前も知らない。突然少年が言った。
「おじさん。おばさんは?」とたずねてきた。
「君はおばさんを知っているのか?」
「小学校に入った時お祝いをしてくれたんだ。お礼を言いたいんだ。中学生になったらと約束してたんだ」
私は絶句した。少年は私より前に妻と交流していたのだ。
「元気で行っておいで」
「はい、行ってきます」
会話はそれだけだったが、気持ちがホコホコしてきた良い朝になった。

小学生に挨拶されてみなさい。中学生に毎朝挨拶されてみなさい。こんなにうれしいことはありません。どこの子か知りません。
小学1年生の時から「行ってらっしゃい、おはよう」言い続けて6年。成長した姿を見たのだ。そのうえ「おばさんは?」と聴いてくれたが、咄嗟のことで応えられなかった。少年にすまないことをしたままだ。
おろそかにしてはいけないと心に誓ったが・・・。

このハイムに住んでできた友人は、傷ついた老木に水をやり元気づけてくれた。その人が老いた暮らしを考えてこのマンションを去って行くという。彼女に支えられて“つぶやき”を続けてきたのだが、突然、太い幹が折れたような気分になった。
ああ!移り行く雲よ、もう少しゆっくりと歩んでくれないか。
僕がもっともっとテネシーワルツが上手に踊れるようになるまで!

ハイムに住んで、こんな良いところはない!と友人にも恵まれていたが、われは夏が好きだと言っても季節は移り行く。人生の春もあったが人生の冬もあるのだ。と実感している5月15日。

ケヤキよ、うなだれるな!
梅の木よ、そんなに怒るな!
チューリップよ、イヤイヤと首を振るな!
トンボよ、涙を拭きな!

その人がいなくなるといっても駅は2駅3駅先の老人専用のマンションにいるのだ。
さ、声をあげて送り出そう!
「長い間、一緒に暮らせてありがとう」
ありがとうと言えるつながりは忘れずに。

あの中学の少年も、10年もすれば、このマンションにいないだろう。
だけど君の優しい「おはようございます」は忘れないぞ!
ハイムを巣立って行く樹木がどこかで大きく育っていくことを祈りつつ・・・。

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