それは昭和30年ごろに聞いた話です。

大阪の都島で空襲で焼け出された、孤児姉弟の話です。
二人は身寄りを失い、転々と生き延びた末に、大和川の堤の下にあったボロボロのアパートに住むことになりました。姉は難病を患っていて寝たきりでしたが、弟のつとむが中学校にも行かず、塗装屋の親方に頼んで働くことになり、このボロアパートに入れてもらったそうです。「お前が運転ができたら、もっと手間賃を出してやれるがの」と親方が言ったので、夜間中学に通って読み書きを覚えようと決心しました。

いつも夜間中学に通ってくる朝鮮人のおばさんが横に座っていました。
ある日のこと、「あんた、姉さんが寝た切りやてな。おにぎり作ってきたから姉さんに食べさせてあげな」と、つとむの袋カバンにねじ込みました。つとむはお礼の言葉をどのように言えばいいのかと、そわそわしていると、ふと紙切れに習い立ての「ありがとう」という言葉を書いて渡すと、おばさんもその紙切れの裏に「ねえさん、たいせつに」と返してくれました。
それを見た先生が、「こらその二人、キョロキョロせずに覚えなさい!」と叱られましたが、二人の間には熱いものが通い合って、二時間の授業が終わるのが待ち遠しかったものでした。

つとむは、壊れかけた自転車を走らせてアパートに帰りました。「姉ちゃん!今夜は銀シャリのおにぎりもらったよ。さ、姉ちゃん食べな。腹ペコやろう?」
つとむが元気に帰ってくるのを待っていた姉が、嬉しいはずなのにガバッと半身を起こして睨みつけてきました。「盗んできたところに返しておいで!そんなおにぎり食べられないよ、お姉ちゃんは!」「違うよ!おばちゃんがくれたんだよ!姉ちゃん、オレ、もうそんなことしていないよ!ほら、今日、親方が手間賃くれたときに、これ、姉ちゃんの薬買いなって特別にくれたんだよ。オレ、明日病院に行って、薬もらってくる」
「つとむ!嘘をつくのは止めて!姉ちゃんは余計病気になる。返しておいで!」姉はふとんに潜り込んで、つとむを見ようとしませんでした。
「分かった、姉ちゃん、今から返してくるから。でもオレは人のものを盗んだんじゃないんだ!おにぎりだけは食べて、おばちゃんにすまないよ。オレ、今から親方のところに行ってくる」と言い捨てて表に飛び出し、大和川の堤を駆け上がって夜空を見上げました。

天の川はどれかな? 彦星さま、織姫さまはどれかな?
あっ、そうだ。おばちゃんが言っていた。
お星さまに向かって手を叩くと、キラキラ輝いている星が、金平糖になって降ってくる、と言っていた。よし、手を叩いてみよう。つとむは、手を叩いて大きな口を開けました。星の金平糖が降ってきて、お腹がいっぱいになりました。
「よし、姉ちゃんをおぶってでも、この天の川を見せてやろう」

つとむは、気分を思い直して、オレがもう盗んだりしていないんだというより、おばちゃんの言うように、姉ちゃんを連れ出して、星の金平糖を食べさせてやろう!「姉ちゃん、起きな。オレが連れて行くから、大和川の堤から天の川を見よう。もうすぐ、七夕さんだよ。姉ちゃん!」姉は弟の声を聞きながらふとんの中で泣いていました。
「な、ねえちゃん、オレの肩につかまりな。夜間中学のおばちゃんが言ってたんだよ。お星さんに向かって手を叩くと、お星さんが金平糖になって降ってくるんだって。姉ちゃん、オレの肩につかまりな!」

「つとむ、ごめんな!」
姉は一言言ってつとむの肩につかまりました。二人は夜の道をゆっくりと大和川に向かいました。夜空は満天の星で輝き、姉は何年振りかに七夕さまの天の川を見ましたが、つとむの背に涙いっぱい流しても、つとむのたくましくなった背中を感じながら、もうそのような弟ではなくなっていることを信じることができました。

と、このような話をしてくれた夜間中学に通っていたおばちゃんの話を鮮明に思い出すのです。
もしかすると、話の中の姉は、あのおばちゃん自身のことだったかも知れないと、今頃、気が付くのですが、おばちゃんの話、ありがとうと思う七夕さんです。

 

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