私が高3で、受験準備に没頭している時、東京の西武線の長崎駅近くの小学生が、隣のお兄ちゃんに空気銃で愛犬を殺されて、少年つとむ君は家に閉じこもったまま、家族にもものもいわず、学校の先生が来ても会おうともしない、という記事を読んだ。
私は、どうしてもこの少年つとむ君に会いたい、会って話を聞いてあげたい気持ちになり、母に相談したら、手紙を書いてあげなさいといわれ、新聞社宛につとむ君への手紙を書いて、本人に届けて欲しいとお願いすると、手紙はつとむ君に届いたのだ。
数日すると、「つとむ君が待っています」という手紙が、母親が代筆をして私の手元に返信された。
私は大学受験に行くから、必ず会いに行きます、西武線で江古田駅に行く途中の長崎駅の近くにつとむ君の住む家はあった。

会いに行ったのは受験の前日だった。
引きこもっていたつとむ君は、私が行くのを待っていてくれた。
私はつとむ君に会うなり、自分の弟のように抱きしめて何も言わず、待っていてくれたことのお礼を言った。つとむ君の部屋に入った。殺された愛犬の写真を見せてくれた。
私は田舎の話をし、ヘビを捕まえたり、カエルを捕まえていじめた話をした。「かわいそうなことをした」と、いまは思っているとつとむ君に伝えた。
それからは、バッタやセミを捕まえても死ぬ前に草むらに帰してやるようになったとも伝えた。

するとつとむ君は、「お兄ちゃん、犬は飼ったことあるの?」と聞いてきた。「シェパード、大きな犬を飼っていたよ。シェパードは訓練していまは警察犬として働いている」ことも伝えると、「その警察犬は、泥棒捕まえたこともあるの?」と聞いてきた。

ああ、しめたものだ!お母さん、つとむ君はもう大丈夫だ。
「私は、大学が受かったら、毎週つとむ君に会いに来て、一緒に勉強します」と約束した。それから三ヶ月くらい経ったころに、隣のお兄ちゃんのところに会いに行けるか?と誘うと「うん」と言った。
私はつとむ君を連れて愛犬を殺した隣のお兄ちゃんに会うことになった。
隣のおにいちゃんは、しぶしぶ会ってくれたが、つとむ君が突然言った「僕は、もう大丈夫だから」と一言言って、私の手を握りしめたつとむ君。隣のお兄ちゃんも「悪かった、ごめんね」と頭を下げた。私は隣のお兄ちゃんに言った。「つとむ君と一緒に豊島園に行かないか?」と。すると奥からお兄ちゃんのお母さんが出てきて、つとむちゃん、一緒に行ってもいいの?と聞いてきた。「うん!」とつとむ君。私が責任を持って行って来ます。元のお兄ちゃんになってください。そのお兄ちゃんは、つとむ君を見つめたまま、涙をポロポロ流した。

それから六ヶ月、苦学しながら大学に通っている私は毎週日曜日の午前中、つとむ君の家に行って、つとむ君が中学受験の準備に入るのを手伝いながら深い友情に包まれたのです。

私を何がそうさせたのかはいまも分かりませんが、苦しんだり、悲しんだりする向こうには必ず明るい喜びがあるのだと信じています。つとむ君がそれを実証してくれた思い出です。

そのつとむ君はいまどうしているのだろうか?
もしかしたら私の近くにいるのかも。

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