昭和のわるがき ・・・X氏のつぶやき 71 

わるがきも時代によってその様子は変わっている。昭和を語るには、どうしても戦中戦後、特に終戦後の家もなく家族も失い、食糧に苦しんだ母親のもとで、鼻たれボーズは貧乏などなにくそとばかり、ゴムゾウリを履いて走り回った時代を書かねばならないと思うのです。それは子供の成長に大きく影響を与えたからです。子供の成長はほとんど歴史にのるものではありませんが、このどん底を生きた子供たちが、今の日本を創り上げたのです。

「わるがき」それは子供たちの想像力、工夫、思いつき、思いやり、実行力がともなって生まれてくるものでした。

さて、私の愛する「わるがき」は、昭和26年、中学1年生の時のこと。この頃の中学生は、男子は草ぞうりかゴムゾウリ、女子は下駄が多かった。靴は配給で5足が学校に届くと、くじ引きで順番に生徒に渡る。くじ引きが当たっても、お金がないから買えませんという生徒が何人もいました。

あぁ、そうそう、この話は、香川県仲多度郡竜川村、竜川中学校での話です。

生徒の大半が農家の子供で、ほとんどの家でお父さんは戦場に行って、無事帰ってきた家は稀で、戦死した家が多かった。五反百姓の農家が多いが、美しい農村の風景が自然であった。春先になれば、稲の緑の絨毯が春風になびき、やがて菜の花が咲き誇り、れんげ畑も蝶やみつばちが飛び交う自然そのものの美しさがあった。川にメダカやドジョウ、フナ、シジミなどがすぐとれた。それは、この村が戦争の爆撃にあっていなかったからだ。しかし、村の生活はどん底だった。

私と大の親友のユウタ君は、クラス35名中、2人は非農家で、弁当を持って学校に来れず、毎日やっと学校で配給が始まった丸くて大きな塩パン1個がお昼に配られる。牛乳などは付いていない。大きなやかんの番茶を飲むか、水道の水でパンを食べるかであった。

私の家は食料品店を営んでいたが、ユウタ君は母一人の働き手に弟と妹と3人いたので、この塩パンを受け取っても、ユウタ君は食べずに家で腹を空かしている妹のために、昼休みの時間を利用して家まで走って帰り、妹にその塩パンを食べさせるのでした。それを知った私は、私の塩パン半分をユウタ君に食べさせて、私もユウタ君について妹のところへと走った。それが毎日続いた。

午後の授業は国語と英語と図工、音楽などであったが、午後の一時間目はどの授業にも出られなくて、ユウタ君の家から学校への道々、カエルやヘビを捕まえてたりして遊んだ。そのうち、農家の家に実っている果物を無断で食べて、おばさんにこっびどく叱られたが、「おばさんに言えば、食べ頃をとってあげるのに、その柿は渋柿だよ、食べてみな、渋いぞ」

私たちは、おばさんの言うように一口かじると口の中が渋でゆがむほど、渋かった。おばさんは、すぐに甘い柿を出してくれた、

「これ食べてみな?甘いよ」
「甘い!なんで?おばさん?」
「これからは、おばさんに言うんだよ。」

畑の人参を抜いて川の水で洗って食べていると、クワをかついで水の見回りに来たおじさんにドヤされたり、

子供は必死に空腹を満たそうとしているのは大人もわかっていたので、いちいち学校に言いつけられることはなかった。

だが、二人揃って昼の2時間目に教室に戻ってくると、ためらわず担任が二人を職員室に呼びつけた。

「なぜ、授業をさぼったの?」
二人は口を閉じたままだ。

「理由があるんでしょ?いつも二人は一緒に行動してるんでしょ?どうしてお昼からの授業をさぼったのよ。」

担任の女性教師は詰めてきた。この教師は大阪からやってきた代用教員だったが、村の子供の心が裸のままの行動にとどまっていた。校長が横から口を出した。

「先生のことが嫌いなのか?」
「ううん!」

二人はきっぱり言った。が、ユウタ君の妹への塩パンのことは口がさけても言わないと決めていた。

「黙っているなら、二人には罰を与えます!あなたはトイレの掃除、君は下駄箱と廊下の掃除。この時間内にやるのよ」
授業には出ないでやりなさいということだ。

「はい!」

勉強より掃除の方が楽しかった。私は便所の掃除だった。ユウタ君は教員室の下駄箱の掃除をやらされた。

私は男子トイレを済ませて、女子トイレに取り掛かった。田舎の学校の便所は川辺に作られており、便所を洗うのは川の水だった。私は川の中に入るのが大好きでしたから、なんの苦もなく、掃除が進んだ。女子便所のポットン便所は大便も用足すので、ツボに水を溜めるが、水が飛び散らないように、麦わらなどを刻んで、ツボの中に浮かせておくのですが、川の水できれいに洗ってその後に草を集めてツボの中に浮かせた。

「できた!先生に言いに行こう!」
と思ったとき、アオガエルが便所のツボの中に向かって座っていた。
「ほい!」と声をかけるとアオガエルは便所のツボの中に飛び込んだ。
「あぁ、一匹は寂しいなぁ」
私はトノサマガエルも捕まえて、4、5匹ツボの中に投げ込んだ。
「キレイだろう?」

便所にカエルを放り込むとユウタ君に言いに行って、二人は掃除が終わったことを校長先生に報告。すると担任は授業中だから、教室に戻りなさいと言われ、仲間が待っている教室に戻った。授業は終わって休み時間になった。担任の女子先生は、私が掃除した便所を見に行った。

私はポットン便所にカエルを入れていることを仲間に伝えていたので女子学生も窓から身を乗り出して、見守った。

女子先生は女子便所に入った。

「いよいよだぞ!」
「きゃぁ!きゃぁー!」

と先生の叫び声が轟いた。女子先生は青い顔をして職員室に走った。男子教師に言いつけたので、教頭先生が頭に湯気を出しながら、私の教室にやってきた。

「便所掃除をしたのは誰だ!」

私は教頭先生にこっぴどく叩かれた。そして窓から覗いて笑った女子生徒も叱られた。「なんで?便所キレイにしたんやろ?」

その事件以後、その女子先生は、このクラスの生徒に優しく好きになったようだ。都会の貧しい子供の生活とはまるで違った青空のような子供の生き生きとした姿を見たのだろうか。

秋の遠足がある。と先生が言ってきた。近くの山に歩いて行くから、各自弁当を持ってきてくださいと言った。
すかさずユウタ君が言った。

「弁当持って行けない子がいます!」
「先生、アシダさん家は、遠足に行く位なら子守せいと言います。弁当はありません」
「何人いますか?弁当持って行けない子は」
「僕とアシダさんと二人?です」
「では、二人の弁当は先生が作ってきますから。先生、みなさんと遠足に行くのが楽しみですから」
「アシダん家は無理です」ユウタ君がきっぱり言った。
「子供が四人もいるんですから」
「先生、みなさんと全員で遠足に行きたいの、松茸がとれるあの与北山へ」
「わかった、ぼくがアシダのお母さんに頼んでくる。弁当なしでいい?」

そう言って、私は、アシダさんの家に行ってお母さんに頼んだ。お母さんは言った。

「そんな先生がいるんかい?」

アシダさんはみんなと揃って遠足に行くことになった。遠足は楽しかった。子供たちは草むらの林の中に隠れて、先生が来ると「ガサっ!!」と飛び出して驚かせた。

だが昼飯時になると、川のせせらぎで手を洗って先生を囲んで、アシダさん、ユウタ君、私は先生の持ってきてくれたおにぎりを口にほおばっている。が、他の友だちの大半はふかしたサツマイモであった。

「おい!川上で小便するなよ!」

ユウタ君が叫んだ。あそこの林の中が女子の便所にするからな、男子は行くなよ。とも言った。先生はなんのことかきょとんとしていた。

「川上で小便したら川下で手を洗うんだからいかんやろ?あの林の中は、男子は行かせないから、女子の便所にして、先生も」

「ありがとうね」

この生徒は、学校ではいたずらばかりするのに、こんなに優しい子供なのか!といよいよ好きになった。

弁当を食べ終わると、雲行きが怪しくなってきた。私は南の空を見て先生に言った。

「早く山をおりないと夕立がくる!」
「学校に帰るまでに来る?」
「来る!山をおりたら農家に頼んで雨宿りをさせてもらおう」
「まだ、晴れてるのに?」
「すぐ夕立になるけん、はよ下りよう!」

私がのんびりしていた先生の手を引いた。南西の空を見ると、入道雲が湧いて、雨を予感させるひやっとした風が吹いてきた。

「みんな走っておりろ!」

私とユウタ君が声をかけて山をおりた。私が農家の家にお願いして納屋で私たちの雨宿りを頼んだ。すぐにものすごい夕立がきた。

「先生さんよ、田舎の子供はあの山に雲がかかったら夕立がくると知ってるのですよ」
夕立は、通り過ぎると大きな虹がかかった。
私たちはその虹を見ながら学校に向かった。

アシダさんは、学校に向かう途中に家があったので、そのまま家に帰ることになった。
「アシダさん、今日はありがとう。先生、大変楽しかったです」
「うちも・・・」とアシダさんは目を見開いて言った。
「お母さんによろしくね」
「うん!」

アシダさんは走りだした。
みんなが叫んだ。

「明日、学校にこいよ!」

先生と私たちは、虹の架け橋を渡って、学校に向かった。この女子先生は「私の一生の宝物です」と後の同窓会に来てくださって、思い出に目頭を押さえておられたことを、今のように思い出します。昭和の「わるがき」でした。

 

昭和のわるがき ・・・X氏のつぶやき 71 ” に対して1件のコメントがあります。

  1. アバター YA より:

    おもわず目頭が熱くなりました。昔の農村、田園地帯の風景、その中に若い女先生と子供達の姿が目に浮かびます。幼少の頃、観た映画、「二十四の瞳」を思い出しました。

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