おぼろげ記憶帖 07 躾

子供の育て方と躾、嫁姑問題、高齢者の介護。
この3つは、余りにもたくさん周りに満ち溢れている問題です。でも正解のないことのようです。

小学生のころ姉弟ケンカをしたのかいたずらをしたのか口答えをしたのかは定かではありません。
「よく考えなさい」
と二人して父から庭に放り出され、雨戸を閉めてしまわれます。

ふてくされて立ちん坊をしていてもう限界と思われる頃、祖母が助け舟を出してくれます。

がそれから、畳に正座をさせられて、何故お仕置きを受けることになったのかをジュンジュンと物の道理を諭されるのです。

「判ったらお父さんに謝ってきなさい」
と許される頃には足がしびれて立てないでいました。

一度ならず二度、三度、そのようなことがありました。私は余程キカン気の子供だったようです。かれこれ70年も昔の話です。

50年ほど前パリの郊外で息子を1歳から5歳になるまで育てていました。午後は決まって公園へ出かけます。母親の私は編み物をしたり雑誌を読んでいたり。ちょっと目を離したすきに芝生の中へ歩き始めていました。その時近くにいたお婆さんに私が厳しく叱られました。

またある時は食料品店で子供が商品を触ったのです。すぐさま近くから
「どうしてすぐに叱らないのか?」
「日本ではそうなのか? 子供はあとになったら忘れるからすぐに叱らないといけない」
言葉が十分ではない私にもその意味はしっかり理解出来ました。

ある時は広い歩道で小学生の男の子を足でけっている父親、言葉はドイツ語でした。また中学生くらいの男の子をやはり父親が物凄い形相で往来の片隅で叱りつけていました。今度はフランス語。今なら体罰で問題にされることかもしれません。

次はそれから25年経って平成に入った頃。やはりパリ市内の公園。学齢前の幼児が3人、多い日は10人も砂場で仲良く遊んでいます。その周りで東南アジアか中南米からと思われる有色の若い女性が集まってお喋りに余念がありません。女性の社会進出が出来る世の中になって子供はベビーシッターに預けて母親は仕事をしているのです。勿論保育園や託児所はかなり整っていますがその基準に満たない家庭なのでしょうか。

ここまでは理解できますが、この子供たちに物を盗むことを教えることが多々あると聞いて、腰が抜けるほど驚いたのです。就労ビザを持たない、もしくは滞在許可証も持っていない出稼ぎだったのかも知れません。

それからまた25年経ち、年号は令和になりました。現在の様子をじっくりと見てみたいと思いますが、コロナ禍と私が高齢になり、長時間の飛行機には耐えられそうもなく、残念ながら実現はあきらめねばならないようです。

第二次世界大戦後軍国主義から民主主義に大きく変わりました。それから75年。4分の3世紀が立ちました。まさに私はどっぷりとこの時代を過ごしていました。

令和2年、2020年は新型コロナウィルス・コロナ禍に見舞われ、世界中が未曽有の混乱状態にあります。収束と共に世の中は変わっていくであろうと思う時に、それ以前の75年の躾や教育はどのようであったのかと改めて考えることになりました。

世界中の人たちが万国共通のエチケットを認識し、より良い世界を目指してちょっとでも、少しでも平和な日常を取り戻せることと、次代の世界・日本を担う子供たちの健やかな成長を祈らずにはおられません。

AZ

*写真は、1564年にカトリーヌ・ド・メディシス女王のために造られ、1664年にルイ14世のためにアンドレ・ル・ノートルによって作り直されたチュイルリー庭園

 

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