へっぽこ野球部Ⅲ〜野球少年とワシントン〜

中学生の頃、私が入部した野球部は超弱小へっぽこチームだった。それでもゆるい練習と愉快なチームメイトに私が満足していたというのは毎回くどいように語っている通りなのだが、そんなへっぽこ野球部でも唯一厳しい掟があった。それは、

『忘れ物するべからず』

なぜか監督は忘れ物だけは許さない人だった。何か忘れ物をしようものなら、その日の練習や試合への参加は一切認められなくなる。ある先輩がユニフォームのベルトを忘れて制服のベルトで誤魔化そうとしたことがあった。監督は練習序盤の準備運動が終わった部員達を一旦集めると鋭い目でその先輩をロックオン。

「ベルトどうした?」

その先輩はその日の練習はランニングのみ。その後はグラウンドの横で声出しだけとなった。当時の我々は監督のその一瞬の鋭い目つきに恐怖し「忘れ物したら殺される!!」というぐらいの気持ちで忘れ物チェックを欠かさないようになっていった。当然私も忘れ物がないように気をつけていたのだが、前日、当日の朝と二重三重にチェックをしても不安で仕方ない。不安すぎて通学途中に確認することさえあった。それぐらい我が野球部において忘れ物はご法度だったのだ。

そんなある日の練習日、いつもどおり前日に忘れ物がないか確認し当日の朝にも確認したのだが…これがよくなかった。私は、前日鞄に入れたグローブを再び確認のために鞄から出してしまい、それを入れ忘れて家を出てしまったのだ。学校について鞄を開けた瞬間の背筋が凍るようなあの感覚は今でも覚えている。

さあ、困った。ここは正直に顧問の先生に話すべきか。そんなとき、ふとアメリカ初代大統領ワシントンの逸話が頭をよぎる。

「桜の木の枝を折ったのは私です」

そうだ!そうやってワシントンは正直者として賞賛されたのだ。「潔く話そう」私は心に決めた。

そんな練習前の準備中。グローブを2つ持っているA先輩が目にとまった。

「あ!!A先輩がグローブ2つ持ってる…そうか!A先輩はファーストじゃん!!」

そうなのだ。我が野球部ではファーストのレギュラーにはファーストミット(ファースト専用グローブ)が与えられる。だからA先輩はグローブを2つ持っているのだ。アメリカ大統領への第一歩を踏み出そうとしていた私はあっさりと方向を変え、先輩に事情を話しグローブを借りることにしたのだ。

そして練習が始まった。なるべく監督から離れてキャッチボールをする。とにかく今日は目立たないようにしなくては。キャッチボールのあと集合がかかった。しかし特に何も言われない。どうやら監督は気づいていないようだ。

「バレてない!これはいけるぞ!!」

そう確信した私は一気に緊張が解けていくのを感じた。いつも通り守備位置についてノックを受ける。当時の私はショートの練習をさせられていたのだが、この日は右に左にといつもより体が軽く感じられた。どんな打球でも捕れそうな気がした。メンタルはプレイに影響するというがまさしくそれを実感した瞬間だった。

しかしそれは束の間の安寧にすぎなかったのだ。次の練習メニューに入ろうとした時、唐突に監督が言った。

「A(先輩)!ちょっとピッチャーやってみろ!!」

悲劇は突然やってくる。

「なにぬっ!!??」

とうぜんA先輩はファーストミットのままピッチャーをやるわけにはいかない。私はグローブを返さなくてはならない。しかし、ここまできて「実はグローブ忘れました」なんて口が裂けても言えない。もうワシントンにはなれないのだ。ここはもう先輩にグローブを返してファーストミットで強引に乗り切るしかない!!

私はファーストミットでショートの守備についた…しかしショートの選手が明らかに不釣り合いなグローブをしていれば誰だって違和感を感じる。

「まーぼー!?なんでファーストミットなんだ?」

すぐバレた。

「すいません!グローブ忘れましたぁっ!!走ってます!!!」

ここは下手な言い訳は逆効果だ。潔く認めかつ自ら懲罰走を課すことで追及を逃れる戦法にとっさに切り替えた。その作戦が功を奏したのか、監督からそれ以上責められることはなかった。私は

「10周ぐらいかなぁ…この後の練習は声出しだけかぁ…まぁいっか…」

なんてことを考えながらグラウンドの周りを走った、まさかその後、延々とランニングする羽目になるとは露知らず…。その日の練習後、私は悟った。

「大統領にはなれないな」と。

まーぼー

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