私の青春譜その① 神宮外苑で出会った女性・・・X氏のつぶやき57

「神宮外苑の桜はきれいだよ。」と親友からの説明を聞いている時、私の脳裏では、大学に入学して間もなくの時、田舎の友人も東京に出てきていたので、2人で学生服のまま、神宮外苑に弁当を持って田舎っぺが公園を楽しみに出かけた時のことを思い出したのだ。

千駄ヶ谷駅が読めない程、東京オンチが有名な神宮外苑にやってきたのだ。その日は日曜日だった。私たちは大きな樹の下に腰を下ろして弁当を広げた。その時、私の目に入ったのは、その向こうで、1人の女性が腰を下ろして本を読んでいるのを見てしまった。彼女はフレアスカートを円状に広げて座っていた。そのスカートは真っ赤だった。私は目だけではなく、心まで奪われてしまった。

そんな田舎っぺの2人に、彼女も気づいたのか、優しい視線であいさつしてくれたように私は受け止めてしまい、友人にもその女性のことを伝えた。視線が合ってから私はそわそわして弁当どころではなくなった。「声をかけたら」と友人が言ったが、そんなことできるかい!と心でつぶやいたが、彼女も私のこと気にしているのか、本を読むのをやめて、バスケットからサンドウィッチを取り出して昼食を始めようとした。

この時、私は何かに引き出されるように立ち上がって彼女に向かった。
「よかったら、一緒に食事しませんか?」

蚊が鳴くような声でやっと話しかけると、彼女もその時を待っていてくれたかのように、座りなおして私たち2人の席を作ってくれた。私の心臓は鳴り続けた。彼女をまともに見ることができないまま、フレアの赤いスカートが私をとりこにしてしまった。

「よろしかったら、サンドウィッチ食べませんか?たくさん作ってきたので、どうぞ。」
ロングヘアが風になびいて女性の香りが漂ってきた。彼女が差し出したサンドウィッチは、玉子サンドとハムサンドであった。

私たち田舎っぺは、サンドウィッチを見るのも初めて。ハムサンドなど口にしたこともなかった。私たちが持ってきている弁当は、コッペパンにコロッケを挟んだものだ。
「どうぞ!私が作ったのよ。どうぞ食べてちょうだい」
「いただきます!ぼくたち讃岐の田舎から出てきたばかりです」
「讃岐って?」
「こんぴらさんのある香川県です」「ちいさな農村です」
「農村ですの?」
「弘法大師が生まれた善通寺が近くです」
「いいところですね」

そんな会話が続いたことを思い出すが、自分の名前を伝えることもなく、相手の名前を聞くこともなく、その出会いは終わりかけた。心の中で何かがときめく。何かを伝えねばならずと思いながら、彼女はもう時間だからと丁寧に挨拶をして帰っていった。私たち2人は、樹の下に取り残されたように赤いスカートが森の中に消えていくのを待った。

「美しいな!」
「東京の女は、美しいわ」

2人は意外な出来事に興奮してしばらくそこに腰を下ろしたまま、彼女のことをあれこれ、詮索して時間を過ごした。
「しまった!次も会える約束しておけばよかった」
「そんなことできないよ」と私は言った。

『赤いスカートの女性』との出会いは、これで終わるのか!と思いながら、友達と次の日曜日もここに来るか?
「お、そうしよう!」

次の日曜日も11時位に神宮外苑の大木のある場所に行った!なんと、そこには昨日の女性が来ているではないか!しかも、赤いスカートはそのまま。円形に広げて座っているではないか。私たちが彼女を見つける前に、彼女が私たちを見つけてくれた。
「何てこった!来てるぞ!どうする?」
「あいさつしようぜ!」
「ぼくは、日大の芸術学部に通っています」
「ぼくは予備校に行ってます」
「私は、今年から立教に通っています」

あいさつはそれだけ。その日は友人が下宿先からカメラを借りており、彼女の座っている写真を1枚撮らせてもらった。

そのような関係だけで、1日1日、第一日曜日はここで会いましょうと、約束をして2年半続いた。ただこの神宮外苑で昼の弁当を共にするだけで、ダイヤモンドのような恋心が続いた。そしてある日、彼女にアイススケートに行かないかと誘われた。

「教えてください」ということで、新宿だったか後楽園だったか覚えていないが、その日の彼女は、白ズボンをはいて、白いスケート靴を持参していた。私たちは彼女の指導のもと貸靴で、おっかなびっくり氷の上に立った。彼女の手で支えてもらってゆっくり滑りだした時、誰かがぶつかってきて、私は転倒した。足首をねんざして歩けなくなったが、その日は友人に助けられて下宿まで帰って翌日、病院に行くと、しばらく歩けない、しばらく杖をついて歩くことになってしまってほぼ3カ月はかかったが、苦学生の私は、大変苦境に立たされたが、友人が面倒を見てくれて、どうにか1人で学校にもアルバイトにも行けるようになった。そして第一日曜日に神宮外苑に行ってみた。そこには彼女の姿はなかった。

後日、絵画の本でマドンナの絵を見て、彼女はまさしくモナリザのようだったと、友に話をした。

1枚の写真は今もどこかに―。

今私は、新しい親友に私の忘れかけた青春の譜の1ページ1ページを思い出させてくれる。近々、青春の譜のその2を書いてみます。
田舎っぺのうぶなダイヤモンドのような恋心が芽えた時のことをつぶやいてみます。

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