二ヶ領用水と徳川家康

美しい桜並木を眺めながら歩いていると川の分岐点に来ます。二つの川が、X の字のように交差しているのです。自分が歩いてきた川(二ヶ領用水)は、交差している場所から見て左手に続き、多摩川につながっていきます。

もう一つの川(三沢川)は右手に続いて行って、

これまた多摩川につながっているのが分かります。

 

 

ちょうど交差しているところ(注:下記地図の地点)

に青い塗装が施された水門のような装置がありました。

その上にサクラが満開になっていました(4月1日時点)。

釣りをする人々を観察するも、

釣果を上げている人は見かけません。

(これは4月12日時点。サクラは散って見えません)

 

この二ヶ領用水は多摩川から取水していることが

よく分かります。

なぜこのように取水しているのでしょうか。

実はこの二ヶ領用水の造成を命じたのは、

徳川家康なのです。時代は関ヶ原の戦い(1600年)のちょっと前まで遡ります。中野島は、江戸時代に「なかのしま村」として地名がありました。

いずれこのあたりの歴史については、

もう少し詳しく報告したいと思っています。

地図を拡大(+をクリック)すると、川の交差している地点がよく分かります。

 

 

 

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