ヤタガラスのお気楽闘病記14~宣伝部長になる2

ご存じの通り、入院期間中お世話になる病院のスタッフの数は随分多い。医師、看護師、療法士、薬剤師その他。しかも、看護師は毎日のように、一人一人の名前を覚えきれないくらい交代する。そして、人にもよるが、看護のこと以外の世間話をよくする。

天気の話から始まって、近所のうわさ話にまで進むこともある。おそらくは通勤の関係で病院の近くに住んでいる人も多いだろう。仕事のことや趣味のことを聞かれたので、「ハイムのひろば」の活動のことを話してみた。みなさん、へえーそんなことをやられているんですかと不思議がる。

その人が地元の人と分かったら、登戸が昔、多摩川の対岸にあったこと、登戸新町が誕生した経緯、南武線の歴史などを少しずつ話してあげた。近くに住んでいるならこの地域の情報に無関心ではないはずだ。因みに、南武線が元々は貨物線だったことは多くの人が知っていたが、その他のことは殆どが知らなかった。よし、それなら、入院中に「ハイムのひろば」を大いに宣伝してやろうと考えた。宣伝部長の誕生だ。

ただでさえ雰囲気が暗くなりがちな病院だ。少しでも明るい話をした方がいいに決まっている。患者と看護師との意思疎通もその方がうまくいく。患者がぶすっとしているより、明るく話しかけた方が看護師の方たちも仕事がしやすいだろう。そんな時、地元の話題は丁度いい。一枚の古地図の発見から始まったつくる会の調査活動が役に立った。

何度も氾濫を繰り返した多摩川のこと、その昔、登戸が対岸にあったこと、川の両岸に同じ地名があることなど、昔の筏道が残っていること、町のあちこちに残っている石碑の由来・・・多摩川、南武線、中野島の歴史を少しでも知ることが出来てよかったと思っている。

ヤタガラス

ヤタガラスのお気楽闘病記14~宣伝部長になる2” に対して2件のコメントがあります。

  1. ひろばのファン より:

    八咫烏さん
    ずっと記事を読ませて頂いてます。
    流石、転んでもただでは起きぬ。今回の緊急入院も「ハイムのひろば」の思わぬいい宣伝になりましたね(笑)。今後は足元に気を付けて、転ばずに宣伝活動をお願いします。
    ともかく、大事に至らなくてよかった~(ホッ)。

  2. hiroba より:

    ひろばのファンさん、コメントありがとうございます。

    年齢を重ねると足元不如意になるのは仕方ないとして、おまけに手元不如意でもあるし出来ることは少なくなるものと思っていました。

    ところがどうして、探してみるとすることはいくらでもあるものですね。
    要は、やる気があるのかないのかの違いだと気づきました。

    ふらふらしながらも、例えまた転んでも、今後も前向きに進んで行くつもりです。
    どうぞ応援してください。いや、一緒にやりましょう!

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