写真は光と陰の芸術である。レンズに光を取り込んだり逆に絞って光を遮ることで撮影対象の映像が千変万化する。光と影の取り込み加減で様々な表情を引き出すのだ。どんな写真にも光と影がつきまとうが、ここに影そのものにテーマを絞り込んだ作品がある。

日が照っていれば人影ができる。時間によって長くなったり短くなったりする。夏の夕方、学校帰りに友達と長くなった影を踏みあって遊んだのを思い出す。子供の頃から何度も見た光景だ。

この一枚の写真も長く伸びた人影を撮っている。影が見事に道と平行になっている。登戸辺りの陸橋の上から川沿いにある小道を見下ろして撮ったものだ。時間は9時半ころだという。この場所でこの時間でしか影は道と平行にはならない。もし影が斜めに曲がっていたとしたら、どこにでもあるごく普通の写真だ。

これは果たして偶然の産物であろうか。筆者はそうは思わない。この写真の撮影者はこの場所をよく知っていて、この瞬間を狙って撮ったものだと思う。季節と時間、太陽の位置などを細かく計算し尽くして得られた瞬間の一枚だ。この日、撮影者はじっと待っていて、影が平行になる数分の間に偶然二人のジョガーが現れたものだと思う。

いったい何日ここへ通ったのだろう。待っていてもその短い時間の間に丁度うまく人が通りかかるかはわからない。わざわざ頼んでいない限り最後の瞬間は「偶然」で神のみが知る一瞬なのだ。そしてその偶然は単なる偶然ではなく、予め周到に準備されて初めて得られた”偶然”なのである。

種を明かせばそれほど複雑な仕掛けなどなく単純で素人でも考えられることではある。しかし、そこに至るまでの過程は簡単ではない。影が道と平行になれば面白いなという発想がまずあって、更にそういう写真を撮るための綿密な計算と努力があるのだ。プロ・カメラマンの極意とはこのようなものなのか。カメラマン・野村成次のことをもっと知りたいと思う。(野村成次写真展より)
~つづく~
(八咫烏)

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