丹沢・大野山へ ★ こころの開放を求めて・・・X氏のつぶやき79  

新型ウイルス・コロナ渦は、人の生活を閉じ込めてしまった。人と人の会話も自由にできず、食事の時もマスクをしてください、と。そんなことをしているといずれか、いつかは反動がくる。

え〜い!どうなってもええわい!とヤケクソになってしまう時がくる。人間はどこまでも冷静でいられない。爆発をするのだ。心の精神の爆発は誰にも止められない。飲食店のその姿は、爆発の初期だと思う。社会は、ここに目を向けないと、普通の生活を取り戻すことはできない。

私は苦しい1日を、部屋に閉じこもって時が過ぎるのを待っていますが、もう吐き気がしてきました。部屋に閉じこもる。手洗い、マスク、出かけるのは控えよう!コロナは恐ろしいぞ!しかと言い聞かせて守ってきたが、自分の肉体を大自然の中に投げ出したい!太陽に向かって、大空に向かって大の字になって横になりたい。そんなところに連れて行ってください、と友人に頼んで、丹沢の大野山に連れて行ってもらった。紅葉も期待の一つでしたが、何より森林の中をくぐって大空に出たかった。大野山に着くと、そこは広々とした牧場の跡。平原にブロンズ笹のススキが輝いて、冷ややかな風が頬をなでてくれた。

「おぉ!これが大野山ですか」

富士山さえもかすみの中に、白い頂きを輝かせているわけではない。人出は少ない。紅葉が美しいわけではない。青空とススキと空気とただ広がる空間に身を横たわらせて目を閉じた。引き込まれるように眠りについた。眠ったのではない、眠るように心が安らかになったのだろう。絶えずそよ風が、緑が香りを運んでくれる。近くにダムがある。丹沢の川もある。だが、私はどこにも行かず、ここで横になっておれば-と天に願いを込めた。

この空間があれば何もいらない。こんな気持ちになるために、私は何かを求めてきた。それがここにあった。

こんな私ではわかってもらえるだろうか?いや、人に伝えるものでもない。ここで感じていてもらうものである。

この閉じ込められた心の開放は、手練手管はいらない。大自然の中に身を漂わせれば十分なのだ。富士山の見えるところで一日中寝っ転がっておれば、心は開放されるだろう。海の見える丘で、ハンモックで横になっておればそれでいいのだ。それが許されないのがコロナ渦だ。このコロナはどこからやってきて、どこへ帰って行くのか?それがいつなのか?どうすればコロナが気持ちよく帰ってくれるのか?精神の爆発が起きないうちに、帰って行ってもらいたい。

冬になると、山にもいけなくなる。この時期を乗り切るには、会うこともままならないが「あなた」が必要だ。太陽のように、大空のような「あなた」が必要だ。どうかお互いに「心の開放のために」身近に大野山のような「あなた」が必要なのです。-と祈る思いの1日を大野山で過ごしました。感謝。

 

*11月頃の話ですが、緊急事態宣言が出ている今「こころの開放」の大切さを感じています。

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