私が大学3年の時だったか、真夏の暑い日でした。神田の古書店に映画のシナリオに関する本はないかと探しに出かけた帰りの電車の中でした。お昼とあって、車内は空いており、立っている人がいなかった。私が腰掛けた前に、赤いスカートの女性が腰掛けているのです。その時はあの神宮外苑で出会った女性ではないかと、視線を外しながら確かめようとしたら、相手と目線があってしまい、気まずい気持ちになった。

しかし、あの赤いスカートは?と何度も思い起こしたが、あの時の女性ではない。と思いつつ、向き合っている二人は、どこの駅で降りることもなく、品川から渋谷へと、やがて新宿を過ぎて上野の方に・・・だが、彼女は降りようとはしなかった。私もそのまま山手線に乗ったまま、甘く漂う女性へのあこがれか。声をかける勇気もなく、お互いに山手線を一周してしまっても、お互いに意識したまま降りようとしない。私は当然学生服であった。何がそうさせたのか分からないが、私の心の中には、清楚で美しい女性に魅せられて動くことができなくなっていた。一緒に街中を歩いてくれたら・・・とか、自分のことを聞いてもらいたいとか・・・田舎っぺの青年も、もう三年も東京暮らしをやれば、それなりに“青春の心”は忘れているはずだが、ますますうぶな女性へのあこがれは、その瞬間、ダイヤモンドのような恋心が生まれたのだろう。

神田の駅を過ぎて、人がたくさん乗ってきた。彼女の姿は一瞬見えなくなった。

「どうするのかな?」と考えていると有楽町駅で、赤いスカートはドアが開くと外に出ていった。人はまた空いてきた。今まで腰掛けていた座席は空いたまま誰も腰掛けない。私はその席の前になって、あの女(ひと)は神宮外苑の女(ひと)とは違う!なのに私の心は結びつけようとする。違う女だ!

去っていった女性の面影を追った。赤いスカートの女性に出会ったのは二番目だ!あのような姉さんか、妹がいてくれたら嬉しいのにな・・・お母さん!とつぶやいた。

男ばかりの六人兄弟に生まれた、三男坊主の女性へのあこがれが沸騰したのか、二十歳前半、昭和三十五年頃の思い出です。世間では、水原ひろしの“黒い花びら”、フランク永井の“有楽町で逢いましょう”が流行っていた。その後、何度か有楽町駅前の広場でぼやっとたたずんでいた。

田舎っぺに赤いスカートは強烈だった。

2+